2017/10/31

なんか分からないなぁ…

人生ってなんだろう?
最近自分が嫌になってます。

自分の優柔不断さ…
「どうしたいの?」と聞かれた時に答えられない自分に…
やる気がわかない自分に…
自分の取り柄が何かわからない…
今までの人生で築き上げたものが徐々に失われている自分に…
頭で考えた何かを行動に移せない自分に…
好きな人に素直な気持ちで甘えられない自分に…
わがまま言わずに堪えて、何もできない自分に…
自分が信じる道を歩む意志力がない自分に…
嫌われるのが怖くて何もできない自分に…
失われているのに気づいても阻止できない自分に…
心身ともに破壊していることを自覚しながら何もしない自分に…

そして、周りの大好きな人を一緒に破壊してしまっている自分に…

どうすればいいのか?
カウンセラーとかに掛ったほうが良いのか?
どういうカウンセラー?

答えを教えて欲しい。
自分の中の答えを見つけ出してくれるのを手伝ってくれる人
その答えを実行できる勇気を引き出してくれる人

誰か知ってますか?

助けて…

2017/10/24

Brasileiro no Exterior: falta de hábito...

Hoje presenciei um fato que me entristeceu...
Nada de mais.
Estava em um café, em uma das estações mais movimentadas de Tokyo.
Chegaram dois senhores. Bem vestidos, provavelmente resolveram esperar o horário de uma importante reunião nesse café.
Sentaram-se do outro lado de uma parede de vidro, em relação a onde eu estava.
Conversavam, manipulavam seus smartphones.
Tudo normal. E eu tive a impressão de que eram brasileiros.
Não sei explicar, mas era quase uma certeza.
Então, a confirmação.
Um deles entrou na loja, e em um instante se comunicou com o outro, sentado mais longe, em português brasileiro.
Como diria Nelson Rodrigues, batata!

E, cerca de 15 ou 20 minutos depois que chegaram, eles partiram.
No mesmo instante, outra confirmação...

Em cafés onde se faz o pedido no balcão e leva-se os produtos até a sua mesa,
é normal e até natural levar a bandeja até um rack onde diz "Return used trays".

Pois bem, brasileiros... se foram... e assim ficou a mesa que ocuparam...



Será que custa tanto levar a bandeja?
Não seria possível ver as mesas ao redor e notar que todos os outros clientes deixam as mesas limpas quando saem?
Esse é o retrato de um povo que está acostumado em ter sempre algum capacho para fazer o serviço sujo... 

... triste... e envergonhado....

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2017/10/11

なぜ聞くの?

皆さんもそうですか?

うちの妻は何でも僕の意見を聞きます。

「何食べたいの?」
「どこ行きたい?」
「どう思う?」

でも、答えとは関係なく、することは決まっている気がします。
もちろん、僕の希望通りになることもあります。
でも、それは彼女の意向も同じだからだと思ってしまいます。

この間は何を食べたいか聞かれて、「とんかつ」と単刀直入に言いました。
「そう、じゃあそうしよう!」
で、近くにあるとんかつ屋に向かって歩き始めました。
「やったー!」
なんて思っていたら、二つ目の角にラーメン屋が…

「今日はラーメンのムードだから、ラーメンがいいね」
とか言って、スタスタと店に入ってしまいました。

別に彼女の意見を尊重したいとは思うんだけど、なぜ聞き続けるのかが理解できません。

これって、普通なのかな? 女性はみんなそうなのかな?

2017/10/05

なんで物事をポジティブに捉えようとしないのかな

人によって、何を言っても、何があっても、いつも悲観的な人がいる。

- 失ったものは何か?
- できなくなったものは何か?
- 辛いことは何か?
- 悲しくさせるものは何か?

しかもその思いを繰り返し、嘆き、悲しみ、何倍にも拡大していく。
そんなに悲観的に生きてると、人生が楽しく無くなるのではないかな?

同じことに対して、もう少しポジティブに考えたら

 - 得たものは何か?
 - できるようになったものは何か?
 - 幸せを感じることは何か?
 - 楽しくできることは何か?

それだけで、未知のことに挑むムードがどれだけ違うか?
前向きに考えてくれればなぁ...

でも、本人の考え方を変えようとしても、拒否する。
そして自分の気持ちを理解してくれないと悲しむ。
その気持ちを分かち合えないことにがっかりとか…

疲れたな...

2017/09/15

時代の流れ

今日、家の近くの喫茶店でお茶飲んで、一休みしていた時、近くの席に年配の方を見かけた。その方は多分60代で、手にタブレットを持って、それを集中して睨んでた。
よく見ると、タブレット画面には碁盤があり、お爺さんは囲碁の一局に集中していた。
ハイテクなお爺ちゃんだなと感心して、思わず微笑んでしまった。
でも、同時に時代の流れを感じてしまう。

邦も違うが、僕が育った頃、公園などでお爺ちゃんたちが囲碁などで時間を潰していることは多かった。でも、その一局だけに集中していたというより、世間話、特にスポーツや政治の議論で盛り上がっていた。前日にいい試合とかがあったら、それこそ熱くなって、囲碁やチェスなどどうでもいい雰囲気になっていた。対抗するチームの応援者だと喧嘩になりかねない。逆に代表チームの試合だと一緒に喜び、一緒に嘆いている。

たまには一人で相手を探すように寂しそうにウロチョロしているお爺さんもいた。「今日は誰もいないのか。つまらねぇな。帰るか…」と言わんばかりに残念そうに帰って行く。「あいつ、昨日風邪ひいてたけど、大丈夫かな?」と仲間の安否も少し心配していたのかも知れない。

今は便利なタブレットがあり、他人の都合に関係なく、ゲームを楽しめる。
無駄な話に付き合うことも必要ない。喧嘩することもない。不快な思いも避けられる。

でも、少し悲しい。
人は機械と睨めっこしている方が、人と話し、時には不快な思いもしながら、楽しく生きることはないのか?罵り合ったり、ほめ合ったり。一緒に喜び、一緒に悲しむ。心配したり、心配されたり。

そんなことが全て失われて、ちょっと虚しい、昭和な男の一言でした。



2017/09/10

生きてることが辛いなら…

森山直太朗さんの曲でありますよね。
その歌詞にも選択肢は色々:
 小さく死ねばいい
 わめき散らして泣けばいい
 悲しみをとくと見るがいい
 嫌になるまで生きるがいい

その通りだと思います。
生きているのが辛いのは誰でもそうだし、
どんな時でも、辛い要素はある。
そして同時に嬉しい要素もある。
願わくば、後者が前者より多いこと。
でも、そうなるとは限らない。

それと、辛いことをどう受け止めるかも大切。
辛いと思うのはあることの解釈を含めて辛くなる。
だから、観点などを変えれば、違う風に見えるかも。

言えるのは人生は変わっていく。
俺が確信しているのはどんな状況も、良かれ悪かれ、
長持ちはしないものである。

今は辛い。
でも近い未来にはそれが良くなる。
良くしてやる!自分で!

だから嫌になるまで生き続けたい!
くたばる喜び取っておく!