2018/02/18

自分の選択

昔は自分のことは粗100%自分で決めてた。
自分の行動も、目的・方法ともに好きにやっていた。
今は違う。それはそれで幸せ。一人ではないことは大きな嬉しさである。

でも、最近は自分が自分ではなくなってきている気がする。
自分の感情や気持ちを抑えて、流れに連れられている。
悲しいくらい、そうなっている。
どうしてそうなるのか、分からなくもない。
幸せになるためには、自分が何をしてもいい、それは受け止められてもらえる。そう思うことだと前読んだことがある。アドラー心理学について書かれた本、「嫌われる勇気」はまさにそのことだ。自分を受け止め、認め、素直に生きる。

それができない。できていない。
これが悲しいことなのだ。自分に素直でいれば、嫌われると思ってしまう。
そして、そうなるのが怖くてしょうがない。
自分の小さな失敗や意見が合わないときの気持ちを受け止めてもらえるのか、自身が全くない。怖くてしょうがない。人の顔色伺いながら行動して、発言する。体力的にも精神的だと思う自身の劣等感なのか?それとも、色々と苦労をかけている罪悪感なのか?それは分からない。でも、いつでも嫌われるリスクを最小限に、いやゼロにしようと常にしている。

そんな自分が嫌いだ。嫌いでありながら、それでもいいかとも思っている。
自分の幸せなど考えずに、大切な人のことを幸せにする。
それも一つの幸せ。

だから、最近はもう自分の幸せとかは考えないようにしている。

耐えきれなくなったら、その時考えよう。


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